現実が理想に追いつく日
日本に住んでいた時とドイツに住んでいる時で、大きくイメージの異なる月が6月です。
日本の6月といえば、梅雨のじめじめした季節、なおかつ1日も祝日がない月(のび太くんが制定した「ぐうたら感謝の日」を除く)ということで日本にいた若かりし頃の私には、6月=「楽しみの少ない月」というイメージが根強くありました。
ところがドイツの6月は梅雨がなく、1年の中で最も日が長い夏至も6月21日頃。6月はアウトドアを満喫できる初夏のいい季節です。
露地栽培のいちごや白アスパラガスが出回る時期でもあり、家のベランダでもバーベキューができるし、まだ夏休みではないけれど、世の中全体が浮かれ気味な感じになります。
さらに今年の6月は、ドイツでコロナ感染率が一気に下がり、ワクチン接種も着々と進み、それに伴ってさまざまな生活制限が解除になり、サッカー欧州杯も分散開催されるなど、浮かれ要素がいろいろと重なりました。
そんな中で、コロナ関連以外で気になった6月のニュースとしては、6月11日に連邦議会で可決されたサプライチェーン法(Lieferkettengesetz)がありました。
サプライチェーン法とはドイツ国内の企業に対して、国外の関連下請け業者に人権侵害や環境汚染などの問題が認められた場合、年間売り上げの2%を罰金として課すというものです。
試行は2023年から。当初は従業員数3000人以上の企業が対象になり、952社がこれに該当するとのこと。1年後には従業員数1000人以上の企業、4800社が対象になります。
人権侵害には、奴隷労働や児童労働、労働者の安全が守られない劣悪な労働環境などが含まれます。近年、消費者の意識が高まり、商品を買う際にこれがフェアな工程を経て生産されたものなのかどうかを気にする人は増えてきました。
フェアトレードといえば真っ先に思い浮かぶのは、コーヒーやチョコレート。
コーヒー豆やカカオ豆は、南米やアフリカなど開発途上国のプランテーションで生産されており、これらが先進工業国で手頃な値段で販売される背景には、児童労働や搾取の構造があると指摘されています。
これを是正する取り組みとして始まったのがフェアトレード。
ドイツでは昨今、チョコレートはすべてフェアトレード基準を満たしたものにだけ販売認可をすべきという議論も起こっています。
ところが一方で、こういう不平等な構造是正の動きに対して必ず起こるのが「それでは経済が成り立たなくなる」という声。今回のサプライチェーン法可決の際にも、右派ポピュリスト政党のAfDなどがこれを理由に反対票を投じました。
この「経済が成り立たなくなる」というのは、19世紀の米国で奴隷解放運動が起こった当時も、反対派が唱えたレトリックだったと言われています。現代においては、原発撤廃の是非をめぐっても必ず問題になるポイントです。
そもそも市場経済というのはきれいごとではない矛盾をたくさん抱えていて、ドイツは環境先進国と言われる一方で自動車生産大国だったり、平和を唱えながら武器輸出大国であるという、ダブルスタンダードが存在するわけです。
また米国の奴隷制度は、結局形を変えて黒人差別という形で社会に残り続けており、原発を撤廃しても隣国から原子力発電による電力を買うことができるという抜け道は残ります。
つまり法律が成立したからといって、一夜にして世の中が変わるわけではない。しかし人々の意識に働きかけることはできる。そして、より多くの人がことの本質を見失わずに前に進もうと働きかけることで、ものごとは少しずつ変わっていくのだと思います。
ドイツでは、福島の原発事故が起こった2011年に原発撤廃を決めたり、2015年には無条件に大勢の難民を受け入れたりというように、理想主義が現実を打ち負かす瞬間というのを時々目にすることがあります。
今回のサプライチェーン法も、その一つのように思えます。
サプライチェーン法を推進してきた市民団体サプライチェーン法イニシアティブは、今回の法案内容をまだ不十分としながらも、可決を「画期的なマイルストーン」と評価しています。
矛盾に満ちた現実をすぐに変えることはできない。でも理想を掲げ続けていくことで、いつか現実が理想に追いつくようになる日が来る。
そういうふうに信じること、希望を持ち続けられることって、人生を生きていく上でとても大切だと実感している次第です。
*冒頭のサムネイル画像は、コロナのロックダウンが解除になり、街中にひさびさに出現した移動遊園地です。
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