連邦議会選挙が終わった
また書き始めることにしました。
2月23日にドイツ連邦議会選挙が実施されて、選挙権のない外国人市民としてはらはらしながら見守っていました。
結果は現政権のSPD(社会民主党)と緑の党が支持率を大きく減らして敗退。
保守のCDU/CSU(キリスト教民主・社会同盟)が得票率28.5%で第1党となり、右翼ポピュリストのAfD(ドイツのための選択肢)が前回の選挙から投票率を倍に伸ばし20%を得て第2党に選ばれました。
つまりドイツ人の5人に1人が、移民を排斥し、憎しみと分断を煽るような言動を繰り返している党に投票したということです。
他の党はどこもAfDとの協力関係を原則拒絶しているので、新政権はCDU/CSUと、第3党になったSPDの「大連立」になる見込みで協議が進んでいます。
私は東西ドイツが統一した1990年にこの国に来て、東西両方のさまざまな地域に住んだことがあるのですが、今回ほど「自分も一票を投じたい」と思ったことはありませんでした。
「何が何でも推したい」という党があったわけではないし、自分の一票が直接的に何かを変えられると思ったわけでもないのですが、この社会を構成している一員として何らかの「意思表明をしたい」と思ったのです。
思えば私は昨年くらいから、意思表明という発信をする情熱が自分の中で小さくなってしまったように感じていました。
世の中があまりにも混沌としていて、そしてインターネットの発達でその混沌とした世の中の様子がより可視化され、さらにはデフォルメされて流布され、それに触れ続けることで「なんだか疲れてしまった」という気分だったのだと思います。
インターネットが発達してだれもが手軽に発信できるようになったこの時代、最近では文章を書いて発信すると悪意や誹謗中傷を受けることが多くストレスがたまり、自分自身が誹謗中傷の標的にされなかったとしても、流れてくる悪意ある言葉を見ているだけで疲れてしまうというのは、多くの人が経験されていることではないかと思います。
それで私も意識的に時々SNSから離れたりするなど、ネットからの隠遁生活を試みたりもしたのですが、今回、選挙のことについてさまざまな人と対話したり考えたりしているうちに、いや、やはりここで疲れている場合ではないだろうと思い直すようになりました。
ちょうど1月末に、ドルトムントでホームレス支援のストリートペーパーを運営している男性にインタビューする機会がありました。
ドイツ全体の貧困危機率が上がり、ホームレスも増えているという現状の中で、選挙を前にしてホームレス問題に対する政治の関心が低すぎると彼は憤っていました。
冬は特に路上生活者にとって命の危険が高まる季節です。寒波に見舞われた前の週に、長年の友人だった販売者の一人が路上で凍死したという話を彼はしてくれました。
ホームレス支援の立場から見ると、政権を担っていたSPDは労働者重視の党なので、実はホームレス問題にはあまり熱心ではないそうです。ドルトムントでホームレス支援を下支えしているのは、圧倒的に緑の党支持者が多いとのことでした。
今回の選挙結果の中でインフラテスト・ディマップの興味深いアンケート調査がありました。
「SPDについてどう思いますか?」というアンケート調査で55%と最多だった意見が、「SPDは、低賃金でハードな仕事に従事している労働者よりも、市民手当(失業者向けの公的扶助)受給者を大事にしている」というものです。
従来の支持層である労働者の中にSPDが「労働しない社会的弱者を優遇しすぎる」という不満があるわけですが、一方で、社会的弱者の側に立つ人たちからSPDを熱烈に支持する声が聞こえてくるわけでもありません。
ベルリンの旧東地域にある、子ども支援施設の広報担当者は、彼らの活動に最も協力的なのは「SPDや緑の党ではなく左翼党だ」と言っていました。ちなみにこの施設は、市民手当受給者が非常に多いへラースドルフ地区にあり、同施設を利用している約半数はドイツ人の母子家庭世帯の子どもたち、残りの半数は移民家庭の子どもたちです。
ちなみに今回の選挙は、AfDの躍進がとにかく大きく報じられていますが、25歳以下の若者が最も多く投票した党は実はAfDではなく左翼党でした。
左翼党は、旧東ドイツの政権政党からの流れを汲むPDS(民主社会党)とSPDの左派が合流してできた党で、かつてはシュタージ疑惑など東ドイツの負の遺産を背負っているイメージが強かったのですが、今回の選挙では家賃高騰問題や子どもの貧困など市民生活における身近で切実な問題を主要テーマに据え、TikTokでの選挙キャンペーンも功を奏したと言われています。
左翼党は今回、ドイツ全体でも大きく得票率を伸ばし、16州の中ではベルリンで19.9%と最多の得票率を取りました(参照:州別の得票率比較:Tagesschau)。
選挙戦の主眼が移民・難民問題とエネルギー、経済問題に集約されていた中で、移民排斥を煽るような議論に乗らず、「社会正義(ソーシャルジャスティス)」に重きを置いた党が、多くの支持を集めたことには希望を感じました。
ちなみに私は、保守王国と呼ばれている旧西ドイツ地域のバイエルン州に住んでいますが、身近な友人の中にも今回初めて左翼党に入れたと言っている人がいて少なからず驚きました。
AfDの台頭に不安を感じ、リベラルの政権政党には失望している、そして今回第1党となった保守のCDU/CSUにも排外的、新自由主義的な匂いがする...その中で選択肢として浮上した左翼党は、少なくとも他者へのヘイトや排斥がアイデンティティになっている党ではないことが、多くの人の心をとらえた理由の一つではないかと思いました。
そして今回の投票率は82.5%と、1990年の東西ドイツ統一以来最多の数字になりました。
これまで投票に行かなかった人たちの多くがAfDに投票したと言われていますが、関心を持つこと、政治について当事者意識を持つ人が増えること自体は重要なことです。
「愛の対義語は憎しみではなく無関心だ」という言葉があります。
思考停止している場合ではないです、本当に。
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